有名な箇所を、あえて文脈から切り離さずに最後まで読み通してみた記録です。
少し脱線します。この箇所と直接の関係はありませんが、似た構造を持つ文章が別の書にもあります。並べてみると、書き手の関心の違いが見えて面白い。(イエスの語録 P.Oxy 5575 1:1)
研究書を数冊当たってみましたが、決定的な説明には出会いませんでした。むしろ、決定的な説明がないことのほうが、この箇所らしいのかもしれません。(詩篇 111:9)
私はここで立ち止まりました。先に進めないまま、しばらく同じ数行を読み続けました。その時間そのものに意味があったのだと、今は思っています。
この一語をどう訳すかで、段落全体の意味が変わります。翻訳者はどこかで決断しなければならず、その決断はもう解釈です。読む側はそれを知っておいた方がいい。(サムエル記上 24:1-3)
21すなわち、 「彼のことを宣べ伝えられていなかった人々が見、 聞いていなかった人々が悟るであろう」 と書いてあるとおりである。
ローマ人への手紙 15:21(口語訳(日本語))
最後にもう一度、本文に戻ります。解釈をいくら重ねても、本文そのものの手触りには敵いません。声に出して読んでみることをすすめます。(士師記 3:23)
5because the magnificence of thy glory is unendurable and irresistible the wrath of thy threatening against sinners:
マナセの祈り 1:5(Brenton 訳・七十人訳から(英語))
生活の話をします。私がこの箇所を思い出すのは、たいてい台所か、通勤電車のなかです。教会の椅子の上ではありません。それは偶然ではない気がしています。(トマスの福音書 28:1)
23but doubtless the Creator of the world, who formed the generation of man, and found out the beginning of all things, will also of his own mercy give you breath and life again, as ye now regard not your own selves for his laws' sake.
マカバイ記二 7:23(Brenton 訳・七十人訳から(英語))
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