原語の一語にこだわって、一節だけを長く読んだ記録です。
この一語をどう訳すかで、段落全体の意味が変わります。翻訳者はどこかで決断しなければならず、その決断はもう解釈です。読む側はそれを知っておいた方がいい。
まず前提を確認しておきます。ここで扱うのは、教義としての正しさではありません。一人の読者としてどう読めるか、という話です。だから結論は開いたままにしておきます。
私はここで立ち止まりました。先に進めないまま、しばらく同じ数行を読み続けました。その時間そのものに意味があったのだと、今は思っています。
23Say not, What profit is there of my service? and what good things shall I have hereafter?
24Again, say not, I have enough, and possess many things, and what evil can come to me hereafter?
シラ書(集会の書) 11:23-24(Brenton 訳・七十人訳から(英語))
この箇所を初めて読んだとき、正直なところ意味が分かりませんでした。分からないまま何年も抱えていて、あるときふと別の角度から光が当たったように感じたのを覚えています。今から書くのは、その角度についてです。
10その日に、イエスは下ってこられ、聖徒たちの中であがめられ、すべて信じる者たちの間で驚嘆されるであろう――わたしたちのこのあかしは、あなたがたによって信じられているのである。
テサロニケ人への第二の手紙 1:10(口語訳(日本語))
文脈を無視して一節だけを引くと、まったく逆の意味になることがあります。実際、この節は都合よく引用されることが多い箇所です。だからこそ、前後を含めて読み直す価値があります。(知られざる福音書(エゲルトン・パピルス2) 1:4)
最後にもう一度、本文に戻ります。解釈をいくら重ねても、本文そのものの手触りには敵いません。声に出して読んでみることをすすめます。
外典を並べて読むと、当時の人々が共有していた語彙の広さに驚かされます。正典に収められた文書だけを見ていると、その広がりは見えません。
まず前提を確認しておきます。ここで扱うのは、教義としての正しさではありません。一人の読者としてどう読めるか、という話です。だから結論は開いたままにしておきます。
参照先を確認できませんでした:{{truth 5:7}}この箇所を初めて読んだとき、正直なところ意味が分かりませんでした。分からないまま何年も抱えていて、あるときふと別の角度から光が当たったように感じたのを覚えています。今から書くのは、その角度についてです。(ストレンジャーの書 1:17)
5そしてわたしはあなたがたに近づいて、さばきをなし、占い者、姦淫を行う者、偽りの誓いをなす者にむかい、雇人の賃銀をかすめ、やもめと、みなしごとをしえたげ、寄留の他国人を押しのけ、わたしを恐れない者どもにむかって、すみやかにあかしを立てると、万軍の主は言われる。
6主なるわたしは変ることがない。それゆえ、ヤコブの子らよ、あなたがたは滅ぼされない。
マラキ書 3:5-6(口語訳(日本語))
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