この箇所を根拠にした言葉に傷ついた経験から書いています。
まず前提を確認しておきます。ここで扱うのは、教義としての正しさではありません。一人の読者としてどう読めるか、という話です。だから結論は開いたままにしておきます。(ヨハネによる福音書 14:8-10)
ここで一度、歴史のなかに置いてみます。この文章が書かれた時代、読者は何に困っていたのか。それを想像するだけで、言葉の温度が変わってきます。
18נִשְׁתְּוָנָ֕א דִּ֥י שְׁלַחְתּ֖וּן עֲלֶ֑ינָא מְפָרַ֥שׁ קֱרִ֖י קָדָמָֽי׃
19וּמִנִּי֮ שִׂ֣ים טְעֵם֒ וּבַקַּ֣רוּ וְהַשְׁכַּ֔חוּ דִּ֚י קִרְיְתָ֣א דָ֔ךְ מִן־יֹומָת֙ עָֽלְמָ֔א עַל־מַלְכִ֖ין מִֽתְנַשְּׂאָ֑ה וּמְרַ֥ד וְאֶשְׁתַּדּ֖וּר מִתְעֲבֶד־בַּֽהּ׃
20וּמַלְכִ֣ין תַּקִּיפִ֗ין הֲוֹו֙ עַל־יְר֣וּשְׁלֶ֔ם וְשַׁ֨לִּיטִ֔ין בְּכֹ֖ל עֲבַ֣ר נַהֲרָ֑ה וּמִדָּ֥ה בְלֹ֛ו וַהֲלָ֖ךְ מִתְיְהֵ֥ב לְהֹֽון׃
21כְּעַן֙ שִׂ֣ימוּ טְּעֵ֔ם לְבַטָּלָ֖א גֻּבְרַיָּ֣א אִלֵּ֑ךְ וְקִרְיְתָ֥א דָךְ֙ לָ֣א תִתְבְּנֵ֔א עַד־מִנִּ֖י טַעְמָ֥א יִתְּשָֽׂם׃
エズラ記 4:18-21(レニングラード写本(ヘブライ語))
この一語をどう訳すかで、段落全体の意味が変わります。翻訳者はどこかで決断しなければならず、その決断はもう解釈です。読む側はそれを知っておいた方がいい。(アモス書 5:6)
この一語をどう訳すかで、段落全体の意味が変わります。翻訳者はどこかで決断しなければならず、その決断はもう解釈です。読む側はそれを知っておいた方がいい。
少し脱線します。この箇所と直接の関係はありませんが、似た構造を持つ文章が別の書にもあります。並べてみると、書き手の関心の違いが見えて面白い。(ヨエル書 1:18-20)
参照先を確認できませんでした: [[notabook 1:1]] 文脈を無視して一節だけを引くと、まったく逆の意味になることがあります。実際、この節は都合よく引用されることが多い箇所です。だからこそ、前後を含めて読み直す価値があります。
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