生活の具体的な場面と聖句を行き来しながら書いています。
結論を書きます。と言っても、答えではありません。私はこの箇所を、命令ではなく約束として読むことにしました。理由は、そう読んだほうが自分が生きやすいからです。それが正しい理由になるかどうかは分かりません。(ヨエル書 2:8)
この節を読んで励まされる人がいる一方で、傷つく人もいます。その両方が同時に起こりうるということを、書き手はおそらく想定していません。読む側が引き受けるしかない部分です。
少し脱線します。この箇所と直接の関係はありませんが、似た構造を持つ文章が別の書にもあります。並べてみると、書き手の関心の違いが見えて面白い。
5その中にいます主は義であって、不義を行われない。 朝ごとにその公義を現して、誤ることがない。 しかし不義な者は恥を知らない。
6「わたしは諸国民を滅ぼした。 そのやぐらは荒れはてた。 わたしはそのちまたを荒したので、 ちまたを行き来する者もない。 その町々は荒れすたれて、 人の姿もなく、住む者もない。
7わたしは言った、 『これは必ずわたしを恐れ、懲しめを受ける。 これはわたしが命じたすべての事を見失わない』と。 しかし彼らはしきりに自分の行状を乱した」。
8主は言われる、 「それゆえ、あなたがたは、わたしが立って、 証言する日を待て。 わたしの決意は諸国民をよせ集め、 もろもろの国を集めて、 わが憤り、わが激しい怒りを ことごとくその上に注ぐことであって、 全地は、ねたむわたしの怒りの火に 焼き滅ぼされるからである。
9その時わたしはもろもろの民に清きくちびるを与え、 すべて彼らに主の名を呼ばせ、 心を一つにして主に仕えさせる。
ゼパニヤ書 3:5-9(口語訳(日本語))
訳を並べてみると、同じ節でも受ける印象がずいぶん違います。日本語訳は柔らかく、英訳は硬い。原語はそのどちらでもない硬さを持っています。この差そのものが、読みの手がかりになります。
13あなたがたは、宮仕えをしている人たちは宮から下がる物を食べ、祭壇に奉仕している人たちは祭壇の供え物の分け前にあずかることを、知らないのか。
14それと同様に、主は、福音を宣べ伝えている者たちが福音によって生活すべきことを、定められたのである。
15しかしわたしは、これらの権利を一つも利用しなかった。また、自分がそうしてもらいたいから、このように書くのではない。そうされるよりは、死ぬ方がましである。わたしのこの誇は、何者にも奪い去られてはならないのだ。
16わたしが福音を宣べ伝えても、それは誇にはならない。なぜなら、わたしは、そうせずにはおれないからである。もし福音を宣べ伝えないなら、わたしはわざわいである。
17進んでそれをすれば、報酬を受けるであろう。しかし、進んでしないとしても、それは、わたしにゆだねられた務なのである。
コリント人への第一の手紙 9:13-17(口語訳(日本語))
結論を書きます。と言っても、答えではありません。私はこの箇所を、命令ではなく約束として読むことにしました。理由は、そう読んだほうが自分が生きやすいからです。それが正しい理由になるかどうかは分かりません。
2And the crowd standing there was amazed, and said, “The truth is, this child is a god or an angel, because his every word becomes a deed!” And Jesus went away again and played with the children.
トマスによる幼児福音書 17:2(Mattison 訳(英語))
まず前提を確認しておきます。ここで扱うのは、教義としての正しさではありません。一人の読者としてどう読めるか、という話です。だから結論は開いたままにしておきます。
最後にもう一度、本文に戻ります。解釈をいくら重ねても、本文そのものの手触りには敵いません。声に出して読んでみることをすすめます。(ヨシュア記 11:2-4)
少し脱線します。この箇所と直接の関係はありませんが、似た構造を持つ文章が別の書にもあります。並べてみると、書き手の関心の違いが見えて面白い。
13あなたがたはまた『これはなんと煩わしい事か』と言って、わたしを鼻であしらうと、万軍の主は言われる。あなたがたはまた奪った物、足なえのもの、病めるものを、ささげ物として携えて来る。わたしはそれを、あなたがたの手から、受けるであろうかと主は言われる。
マラキ書 1:13(口語訳(日本語))
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