原語の一語にこだわって、一節だけを長く読んだ記録です。
この箇所を初めて読んだとき、正直なところ意味が分かりませんでした。分からないまま何年も抱えていて、あるときふと別の角度から光が当たったように感じたのを覚えています。今から書くのは、その角度についてです。(マカバイ記二 11:20)
11Woe unto them! for they have gone in the way of Cain, and ran greedily after the error of Balaam for reward, and perished in the gainsaying of Core.
12These are spots in your feasts of charity, when they feast with you, feeding themselves without fear: clouds they are without water, carried about of winds; trees whose fruit withereth, without fruit, twice dead, plucked up by the roots;
13Raging waves of the sea, foaming out their own shame; wandering stars, to whom is reserved the blackness of darkness for ever.
ユダの手紙 1:11-13(KJV(英語))
この箇所を初めて読んだとき、正直なところ意味が分かりませんでした。分からないまま何年も抱えていて、あるときふと別の角度から光が当たったように感じたのを覚えています。今から書くのは、その角度についてです。
まず前提を確認しておきます。ここで扱うのは、教義としての正しさではありません。一人の読者としてどう読めるか、という話です。だから結論は開いたままにしておきます。
18ところで会衆の長たちが、すでにイスラエルの神、主をさして彼らに誓いを立てていたので、イスラエルの人々は彼らを殺さなかった。そこで会衆はみな、長たちにむかってつぶやいた。
ヨシュア記 9:18(口語訳(日本語))
最後にもう一度、本文に戻ります。解釈をいくら重ねても、本文そのものの手触りには敵いません。声に出して読んでみることをすすめます。
5πάντες λόγοι θεοῦ πεπυρωμένοι ὑπερασπίζει δὲ αὐτὸς τῶν εὐλαβουμένων αὐτόν
箴言 30:5(七十人訳(ギリシャ語))
文脈を無視して一節だけを引くと、まったく逆の意味になることがあります。実際、この節は都合よく引用されることが多い箇所です。だからこそ、前後を含めて読み直す価値があります。
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