外典と正典を並べて読んだときに気づいたことの覚え書きです。
この一語をどう訳すかで、段落全体の意味が変わります。翻訳者はどこかで決断しなければならず、その決断はもう解釈です。読む側はそれを知っておいた方がいい。
19ελευθεριαν αυτοις επαγγελλομενοι αυτοι δουλοι υπαρχοντες της φθορας ω γαρ τις ηττηται τουτω και δεδουλωται
ペテロの第二の手紙 2:19(公認本文(ギリシャ語))
この箇所を初めて読んだとき、正直なところ意味が分かりませんでした。分からないまま何年も抱えていて、あるときふと別の角度から光が当たったように感じたのを覚えています。今から書くのは、その角度についてです。
3あなたがたの知っているとおり、信仰がためされることによって、忍耐が生み出されるからである。
ヤコブの手紙 1:3(口語訳(日本語))
まず前提を確認しておきます。ここで扱うのは、教義としての正しさではありません。一人の読者としてどう読めるか、という話です。だから結論は開いたままにしておきます。(テサロニケ人への第二の手紙 3:15-18)
5And although these (words) follow the (words), “and James and John approached him,” and the whole pericope, by contrast, the (words), “naked on naked,” and the other things you wrote about are not found. After, however, the (words), “he entered into Jericho,” it introduces only, “and there were the sister of the youth whom Jesus loved, and his mother and Salome, and Jesus did not receive them.”
6The many other things you wrote, however, appear to be, and are, false reports. Certainly indeed, the true exegesis, in accord with the true philosophy [. . .]
秘密のマルコの福音書 5:5-6(Zinner 訳(英語))
結論を書きます。と言っても、答えではありません。私はこの箇所を、命令ではなく約束として読むことにしました。理由は、そう読んだほうが自分が生きやすいからです。それが正しい理由になるかどうかは分かりません。(マルコによる福音書 13:29-34)
3“Friends, I ponder my shame, old man that I am, that I’ve been defeated by a child. I should be cast out and die, or flee this village because of this child. I can’t be seen any longer among everyone, especially those who saw that I was defeated by a very small child. But what can I say or tell anyone about the lines of the first element? The truth is that I don’t know, friends, because I understand neither the beginning nor the end!
トマスによる幼児福音書 7:3(Mattison 訳(英語))
私はここで立ち止まりました。先に進めないまま、しばらく同じ数行を読み続けました。その時間そのものに意味があったのだと、今は思っています。
33朝になって、日ののぼるとき、早く起き出て町を襲うならば、ガアルと、彼と共におる民は出てきて、あなたに抵抗するでしょう。その時あなたは機を得て、彼らを撃つことができるでしょう」。
34アビメレクと、彼と共にいたすべての民は夜のうちに起き出て、四組に分れ、身を伏せてシケムをうかがった。
35エベデの子ガアルが出て、町の門の入口に立ったとき、アビメレクと、彼と共にいた民が身を伏せていたところから立ちあがったので、
36ガアルは民を見てゼブルに言った、「ごらんなさい。民が山々の頂からおりてきます」。ゼブルは彼に言った、「あなたは山々の影を人のように見るのです」。
士師記 9:33-36(口語訳(日本語))
ここで一度、歴史のなかに置いてみます。この文章が書かれた時代、読者は何に困っていたのか。それを想像するだけで、言葉の温度が変わってきます。
文脈を無視して一節だけを引くと、まったく逆の意味になることがあります。実際、この節は都合よく引用されることが多い箇所です。だからこそ、前後を含めて読み直す価値があります。
参照先を確認できませんでした:{{peter 5:2|Mark M. Mattison (EN)}}この節を読んで励まされる人がいる一方で、傷つく人もいます。その両方が同時に起こりうるということを、書き手はおそらく想定していません。読む側が引き受けるしかない部分です。(ヨハネの第二の手紙 1:11)
読み込み中...
コメントするにはログインが必要です。 ログイン