外典と正典を並べて読んだときに気づいたことの覚え書きです。
私はここで立ち止まりました。先に進めないまま、しばらく同じ数行を読み続けました。その時間そのものに意味があったのだと、今は思っています。
2And ⌜all⌝ His works go on ⌜thus⌝ from year to year ⌜for ever⌝, and all the tasks ⌜which⌝ they accomplish for Him, and ⌜their tasks⌝ change not, but according as 〚God〛 hath ordained so is it done.
エノク書 5:2(Charles 訳(英語))
外典を並べて読むと、当時の人々が共有していた語彙の広さに驚かされます。正典に収められた文書だけを見ていると、その広がりは見えません。
24イエス來り給ひしとき、十二弟子の一人デドモと稱ふるトマスともに居らざりしかば、
ヨハネによる福音書 20:24(文語訳(日本語))
訳を並べてみると、同じ節でも受ける印象がずいぶん違います。日本語訳は柔らかく、英訳は硬い。原語はそのどちらでもない硬さを持っています。この差そのものが、読みの手がかりになります。
13そして、葉の茂ったいちじくの木を遠くからごらんになって、その木に何かありはしないかと近寄られたが、葉のほかは何も見当らなかった。いちじくの季節でなかったからである。
マルコによる福音書 11:13(口語訳(日本語))
最後にもう一度、本文に戻ります。解釈をいくら重ねても、本文そのものの手触りには敵いません。声に出して読んでみることをすすめます。(テトスへの手紙 1:16)
訳を並べてみると、同じ節でも受ける印象がずいぶん違います。日本語訳は柔らかく、英訳は硬い。原語はそのどちらでもない硬さを持っています。この差そのものが、読みの手がかりになります。(ダニエル書 9:14-18)
外典を並べて読むと、当時の人々が共有していた語彙の広さに驚かされます。正典に収められた文書だけを見ていると、その広がりは見えません。(テサロニケ人への第二の手紙 2:9)
14He will not despise the supplication of the fatherless; nor the widow, when she poureth out her complaint.
シラ書(集会の書) 32:14(Brenton 訳・七十人訳から(英語))
この箇所を初めて読んだとき、正直なところ意味が分かりませんでした。分からないまま何年も抱えていて、あるときふと別の角度から光が当たったように感じたのを覚えています。今から書くのは、その角度についてです。
訳を並べてみると、同じ節でも受ける印象がずいぶん違います。日本語訳は柔らかく、英訳は硬い。原語はそのどちらでもない硬さを持っています。この差そのものが、読みの手がかりになります。(ダニエル書 2:29)
17それからわたしは、エルサレムに帰って宮で祈っているうちに、夢うつつになり、
使徒行伝 22:17(口語訳(日本語))
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