通読の途中で立ち止まった箇所について、立ち止まったまま書きました。
この節を読んで励まされる人がいる一方で、傷つく人もいます。その両方が同時に起こりうるということを、書き手はおそらく想定していません。読む側が引き受けるしかない部分です。
文脈を無視して一節だけを引くと、まったく逆の意味になることがあります。実際、この節は都合よく引用されることが多い箇所です。だからこそ、前後を含めて読み直す価値があります。
4わたしの子供たちが真理のうちを歩いていることを聞く以上に、大きい喜びはない。
5愛する者よ。あなたが、兄弟たち、しかも旅先にある者につくしていることは、みな真実なわざである。
6彼らは、諸教会で、あなたの愛についてあかしをした。それらの人々を、神のみこころにかなうように送り出してくれたら、それは願わしいことである。
7彼らは、御名のために旅立った者であって、異邦人からは何も受けていない。
8それだから、わたしたちは、真理のための同労者となるように、こういう人々を助けねばならない。
9わたしは少しばかり教会に書きおくっておいたが、みんなのかしらになりたがっているデオテレペスが、わたしたちを受けいれてくれない。
ヨハネの第三の手紙 1:4-9(口語訳(日本語))
この一語をどう訳すかで、段落全体の意味が変わります。翻訳者はどこかで決断しなければならず、その決断はもう解釈です。読む側はそれを知っておいた方がいい。
参照先を確認できませんでした:{{philip 5:1-4|Mark M. Mattison (EN)}}少し脱線します。この箇所と直接の関係はありませんが、似た構造を持つ文章が別の書にもあります。並べてみると、書き手の関心の違いが見えて面白い。(ピリピ人への手紙 4:23)
訳を並べてみると、同じ節でも受ける印象がずいぶん違います。日本語訳は柔らかく、英訳は硬い。原語はそのどちらでもない硬さを持っています。この差そのものが、読みの手がかりになります。
反論は当然あると思います。私自身、この読み方に確信を持っているわけではありません。ただ、少なくともこう読める余地はある、というところまでは言えます。(イザヤ書 51:9-10)
1And Eleazar, an illustrious priest of the country, who had attained to length of days, and whose life had been adorned with virtue, caused the presbyters who were about him to cease to cry out to the holy God, and prayed thus:
2O King, mighty in power, most high, Almighty God, who regulatest the whole creation with thy tender mercy,
3look upon the seed of Abraham, upon the children of the sanctified Jacob, thy sanctified inheritance, O Father, now being wrongfully destroyed as strangers in a strange land.
4Thou destroyedst Pharaoh, with his host of chariots, when that lord of this same Egypt was uplifted with lawless hardihood and loud-sounding tongue. Shedding the beams of thy mercy upon the race of Israel, thou didst overwhelm him with his proud army.
マカバイ記三 6:1-4(Brenton 訳・七十人訳から(英語))
訳を並べてみると、同じ節でも受ける印象がずいぶん違います。日本語訳は柔らかく、英訳は硬い。原語はそのどちらでもない硬さを持っています。この差そのものが、読みの手がかりになります。
14そのために、わたしたちの福音によりあなたがたを召して、わたしたちの主イエス・キリストの栄光にあずからせて下さるからである。
15そこで、兄弟たちよ。堅く立って、わたしたちの言葉や手紙で教えられた言伝えを、しっかりと守り続けなさい。
16どうか、わたしたちの主イエス・キリストご自身と、わたしたちを愛し、恵みをもって永遠の慰めと確かな望みとを賜わるわたしたちの父なる神とが、
17あなたがたの心を励まし、あなたがたを強めて、すべての良いわざを行い、正しい言葉を語る者として下さるように。
テサロニケ人への第二の手紙 2:14-17(口語訳(日本語))
この節を読んで励まされる人がいる一方で、傷つく人もいます。その両方が同時に起こりうるということを、書き手はおそらく想定していません。読む側が引き受けるしかない部分です。(ユディト記 15:2)
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